2017年08月14日

知らない人が散歩していたら、それは“不審者”。

のどかな田園風景。
旅で訪れた地なら、誰もが散歩したくなるでしょう。

そこにどんな暮らしがあるのかを
ちょっと覗き見したくなるものです。

旅の楽しみ方としては、
上級者のテクニックかもしれません。

しかし、そこに暮らす人びとは、
どう感じているでしょう。

普段、知らない人が入って来ることのない集落では、
ちょっとした事件になってしまいます。

家の窓から、物陰から、
じっと見つめる人たちがいるはずです。

「知らない人=危険人物」という前提で、
警戒するのです。

押し売りか、空き巣か、強盗か。

旅人にとっては、イヤな雰囲気かもしれませんが、
知らない人に免疫のない田舎の人には、
仕方のないことです。

近づいて来るのかどうかを監視しているのです。

何事もなく立ち去ると、安心します。

田舎では、たとえば地籍調査や工事で、
知らない人が入って来ることがわかれば、
集会や回覧板でお知らせしてくれます。

「知らない人が来ますが、安心してくださいね」
というアナウンスなのです。

これを怠ると、集落内が大騒ぎとなってしまうのです。

それくらい警戒心が強いのです。

もし、あなたがIターンするなら、
すぐに区長のところに挨拶に行き、集落の人びとに、
自分の存在を知ってもらうことが大切です。

挨拶もせずに住んでしまうと、
あなたはずっと不審者のままです。



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posted by 遊酔 at 16:27| Comment(0) | 真実の田舎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月19日

“憎っくき害獣”を初体験。

ある朝、我が家の小さな畑に行くと、
そこには信じられない光景が。

50センチほどに伸びていたとうもろこしと
いんげんの葉が、すべて食べられていたのです。

畑には鹿の足跡が。

これまで、我が家の敷地に
鹿が入って来たことはなかったので、
そのショックは想像を超えていました。

と同時に、メラメラと沸き上がる怒り。

鹿は何でも食べるらしいのですが、
ならば、その辺の草を食べれば良いのです。

食べるものがない冬場なら、
人間が里山を荒らした報いだと諦めることもできますが、
食べる草が豊富な夏に、
なぜ人の畑を荒らすのでしょうか。

里山の草より野菜の方が美味しいのかもしれませんが、
人に近づく危険を冒してまで、
来ることはないと思うのですが。

「人と野生の動物が共存できるように…」
などと言う人がいますが、私は被害にあって初めて、
その言葉が偽善であることを実感しました。

食べるものがあるのに畑を荒らすような鹿とは、
共存などできるわけがありません。

野菜づくりを生業にしている人が、「処分してくれ!」
と強い口調で言う気持ちは理解できます。

一所懸命に育てた野菜を食い荒らすやつらは、
敵でしかありません。

さらに私が腹を立てているのが、
とうもろこしといんげんがなくなったら、
次はきゅうりや茄子の葉を食べたことです。

一番美味しいものだけを先に食べて、
なくなると、別の日に別のものを食べるのです。

ある種類だけを諦めれば良いのなら、
別のものを育てるのですが、次々に食べ尽くすところが、
鹿の性格の悪さを表しています。

ミニトマトも実が青いうちは放置しておいて、
赤くなってきたら、それだけを食べるのです。

赤くなってきたら、
「もうすぐかなぁ〜」とワクワクするものです。
作る人間にとっては楽しみなのです。

それを鹿は容赦なく食べるのです。

許せません。

これは戦いです。

生温い理想論など、聞く気にもなりません。



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posted by 遊酔 at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 真実の田舎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月14日

寄付金が生活を圧迫する!?

田舎に住むと、
都会では考えたこともない出費が発生します。

しかも、突然のことに戸惑ってしまいます。

これまでの人生で払ったことのないお金を
要求されるので、
何か理不尽なことのようにも感じるのです。

それは、「寄付金」。

「今度、花火大会を開催するので、寄付をお願いします」

「地元の高校の野球部後援会に寄付を…」

「子どもたちが祭りのお囃子を披露するので、
 ご祝儀を…」

「○○小学校の育英会ですが、会費を…」

「社会福祉協議会の会費を…」

「赤い羽根共同募金に協力してください」

「緑の羽根共同募金にご協力を…」

「○○寺が傷んできたので修繕を…」

「○○神社の鳥居を新しくしたい」

「集会所の改築をしなくては…」

これらは、ごく普通に存在する寄付金なのです。

イベント絡みなら数千円で済みますが、
建物の改築などになると、
数万円から数十万円になることもあります。

無いお金を無理強いされることはありませんが、
後々居心地が悪くなることは間違いありません。

都会人の感覚では、寄付は善意でするものですが、
田舎ではほぼ強制です。

「何でそんなお金を払わなくちゃいけないの?」
と思っていても、
「みんなが払っているから払う」のが田舎なのです。

拒否することもできますが、周囲の人と
どういうおつき合いをするかで変わってきます。

親しくしたいのなら、払うしかありません。

田舎暮らしをするなら、
払う覚悟で行くか、割り切るか、です。



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posted by 遊酔 at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 真実の田舎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする